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2015年12月18日金曜日

第20回 「裏庭の、とある神社の裏側で。」


新作長編「裏庭の、とある神社の裏側で。」 第20回





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第20回 「裏庭の、とある神社の裏側で。」




 その効果が、三日後に現れた。

 膜の内部にいる彼女が、いつもより小さく見える。そう感じた僕は、彼女の足先に注目した。彼女の足裏は、例の膜が分厚く張っており、それを破いたとするならば、『膜の分だけ彼女の背が縮んでいるのではないか』との予測がたてられる程だった。

 だが、もう少し様子を見よう。その気持ちの裏には、もう少し若返ってから膜を取り除こう、という魂胆(こんたん)が丸見えだった。しかし、その魂胆を見ている人間は、自分しかいない。そんな邪(よこしま)な思いなど、自分の中に隠してしまえばそれですべて片が付く。そう、簡単に片が付くのだ。

 人間とは単純なもので、周囲に誰もいなくなってしまえば、すべての心証は意味を為さない。自分の心中ですら隠し通せるのだ。他人がいなくなれば自分しかいなくなる。自分を認識する者がいなければ、自分の存在も確認出来ない。自分が在って、自分は無い。そんなよく分からない存在になれるのだ。

 確か、何かの宗教でこんな教えを説いていたように思う。無我の境地(きょうち)というものだろうか?





 ネットでその言葉を検索してみた。ああやはり、我が無い。そう、そうなのだ。否定しようにも肯定しようにも、如何様(いかよう)にも出来る。そしてそれを外部の者がとやかく言おうにも、外部の者はいない。いないから、僕の存在を否定も肯定も出来ない。

 これこそまさに無我であり、そうだとするならば、ここは涅槃(ねはん)である、とも言えるのではないだろうか。ここまで言い切ってしまうと、宗教の方々は反発されると思うが、僕自身、そのように解釈したのだ。

 こと、この穴の中においては、僕の考えが絶対である。勿論、一歩でも外へ出れば、国の宗教であるところの法を遵守(じゅんしゅ)し、いや、よく考えたら遵守していないのだが、この穴に彼女といるだけで、それはもう、法だけではなく、倫理的にも問題が発生しているのだろう。

 だが、今はまだ穴の中なのだ。であれば、僕の考えの方が正しい。いや、そう思うより他ない。でなければ、[穴の中で死体と暮らす]などという面妖(めんよう)な生活を送り続けることなど、常人には到底出来るはずがない。だからこそ、僕は無我であり、ここは涅槃でもあるのだ。

 この生活を開始して、やっと一ヶ月目で、この考えにたどり着いた。




 暦(こよみ)はすでに十月へと入り、もう半ばを過ぎようとしている。

 この一ヶ月で、僕達二人のシワはかなり肥大した。特に僕は、動くことが次第に困難となり、動かそうと思うと、重くそして固くなっていた。

 いつものラジオ体操も困難になりつつあり、続けるべきかどうか思案していたのだが、やはり、このまま動かないのも、身体が固まりすぎてしまい急激に動かなくなる恐れもある。なら、解(ほぐ)す為にも日々の体操は必要だ、という結論に至った。

 しかし、日々肥大する膜には正直ウンザリしており、慣れるどころか早いとこ脱ぎたくて仕方が無いのも確かだった。

 僕の試算が正しければ、十日で一歳だから、一ヶ月で三歳若返る事となる。三歳とはいえ、三ヶ月もすれば九歳だ。今現在、免許証で確認すれば、僕は三十四歳。九を引けば二十五歳。

 二十五? 二十五歳かあ。あの頃は何をやっていただろうか。そうだ、近場の大きな工場に勤務していたな。だけど、いつしかその工場が、用途不明な物体を扱い始めて、それに嫌気が差して辞めちゃったな。どんな商品を作っていたのか、とかも覚えていない。見た事のない妙な商品だったように思う。




 このように、残念ながら詳しい記憶は、あまり残ってはいなかったのだ。それはまさに、僕のリアルな人生を振り返った時、何も無いのと一緒で、無常観を伴ったものでもあった。

 ただ思うに、人は皆、記憶を残そうと躍起(やっき)になっているのだろう、という事だけは理解出来た。きっと、それが人間本来の定めなんだろう。写真が出来、ビデオカメラが出来、今ではインターネットでそれらを保存、共有出来るように、時代もまた変わっていった。

 いや、そんな事を利用せずとも、もっと根源的な記憶装置が存在する。

 それは、子供だ。

 自分の子供に、自分が培(つちか)ってきた記憶を植え付け、共有し、そして自分が亡くなった後も、その記憶を引き継いでくれる存在。それが子供だ。

 だが残念ながら、僕には子供と言われるような存在は、今も昔もいない。寂しい事ではあるが、その代わり、ネット上で僕の記憶を残しておこうと、ブログやツイッターをはじめ、ありとあらゆる自分情報発信ネットを築いている。

 しかしそれで良いのだ。記憶を共有し、引き継いでくれる存在がいないから、仕方がない。もし仮に、ああ、例えばの話だけど、この僕が超絶イケメンだったとするなら、今頃は何人もの子供が出来ていただろうな。

 うん、想像しただけで楽しそうな人生だ。子供も嫌いではない、むしろ欲しいくらいだ。けど、残念ながら僕の顔面偏差値は、多く見積もって四十一くらい。いや、四十三くらいだろう。女性から言い寄られた事など一度も無い顔面である。

 若い頃は、『まあ、まだ先があるし、いつか彼女くらい出来るだろう。いくら僕が不細工でも、認めてくれる女性が一人はいるはずだ』と、甘えた事を考えていた。しかし、年月というのは世知辛(せちがら)いもので、表面に張ったメッキを、いとも簡単に剥(は)いでいってしまうのだ。




 三十代に入るともう駄目。『僕は今まで男子校だったし、大学も理系、新卒の職業も工場勤務だった。女性が少ない所ばかりだ。環境が悪かったんだよな。そう、環境のせいだ。そうに違いない』と、解釈をねじ曲げてしまっていた。

 それに、僕には処女信仰というものがあった。三十代で処女というのも、味があって良いのだが、やはり、若い娘が極上な事には変わりない。理想はそうなのだが、現実を顧(かえり)みると、三十代でお金もなく、顔も不細工で、身体は細いながらも腹は出て、その上腰は痛いし肩こりも酷い。そんな男について来る健気(けなげ)な女性など、いるハズないのも事実だった。

「今からでも間に合うから、整形でもして自分に自信をつけろ!」などと煽(あお)る知人もいたのだが、どうにも整形というものに違和感をもっていた。

『作られた自分で良いのか? 本当にそれで自分自身の自信に繋がるのか? ていうか、それは不健康な発想だ』そんな疑問を抱えていたのだ。



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以上で、とりあえずは終了です。
ご拝読ありがとうございました!


機会がございましたら、またアップすると思いますので、
その際はどうぞよろしくお願い致します。


それでは、また!




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